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イスラム教では

スラム教徒にとっては、仏教のように輪廻転生の観念がないため、死を人の一生の終りではなくアラーの審判の日に再び蘇ると信じられており、第二の世界への起点としてとらえています。信者が危篤になるとイマームを呼び、コーランを唱えて、聖水を口に含ませます。葬礼は、遺体を土葬にしなくてはならないため急いで執り行われるのが一般的で、亡くなった翌朝には埋葬の場に向かうことになります。遺体は同性の親族または遺体を処理専門の人が洗浄して腐敗防止の薬液をかけ白い無地の布で覆い、その後モスク(礼拝所)に運び、遺体を説教壇(ミンバル)と礼拝の導師(イマーム)の間に安置してコーランの文字が書かれた布で覆い、礼拝が執り行われます。この際通常とは異なり立ったままで礼拝が行われ、礼拝終了後、遺体を棺架に載せ葬列をなして墓場へ運びます。遺体はお棺にいれるにせよいれないにせよ右脇腹を下にし、顔をメッカの方向に向けて寝かせて埋め、周囲の男たちは「アラーの外に神はない」という信仰の告白(カリマ)を唱えたり、コーランのヤー・シーン章を唱えます。これは 「臨終の最後の言葉がカリマである者は天国に入るであろう」といういいつたえがあるためである。また職業的な「泣き女」もタンバリンをもって葬儀に加わることがあります。泣き女とは主に、葬儀の時に、遺族の代わりに、「悲しい」「辛い」「寂しい」等を表現する為大げさに泣きじゃくる事を生業と女性のことで、悪霊ばらいや魂呼ばいとしての役割もあるとされます。夕方に死ねば、その嘆きは一晩中続けられ、その間、人を雇ってコーランの朗唱も行なわれます。家族たちは「ああ私の主人よ」などと、死者に呼びかけるのです。死体は、朝死んだ場合にはその日のうちに埋葬することになっているが、これは熱い国なので腐りやすいということと、一晩死体を置くことの恐怖心からのことだといわれています。墓石は簡素で、煉瓦ひとつの場合もあるほどです。

イスラム教の聖典「コーラン」によると、「魂は皆、死を体験しなければならない」、「各人の死ぬ時間は予め正確に定められている」、「天使が時の終りにラッパを吹くと、神がよしとする者以外は全て消滅する」と説かれており、信仰のある者が死ぬと白い衣を着た天使がやって来て、彼を神のいる安らぎの場所に招くといわれています。死者の魂はじや香の甘美な香りを放つので、天使たちはその香りを楽しみ、その魂は天使から次の天使にと引き継がれ、ついには信仰深き魂のいる天国へと至ります。天国にいる人々はその魂を喜んで迎えいれ、地上に残してきた人々のことについていろいろと尋ねるといいます。また、不信仰の者が死ぬと、怒りの天使がやってくるといわれ、その死者の魂は不快な悪臭を放ち、それが天使たちの気持を悪くします。死者は怒りの天使たちから尋問を受けたあと、不信仰者たちのいる地獄に連れて行かれるといわれています。イスラム教徒たちは、この「墓の拷問」の恐怖を信じているのです。

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